単行本、文庫本ともに「どら焼き」のイラストが描かれています。
表紙だけ見れば、お菓子の話しかな?と思うかもしれません。
でも、中身(内容)はピリリと辛い。無気力な青年が出会った美味しい餡を作るおばあさんは、元ハンセン病患者でした。
今も続くハンセン病の誤解、差別。今を懸命に生きたい方におすすめの一冊です。
1.「あん」について
著者は詩人、歌手、作家のドリアン助川。ロックバンド「叫ぶ詩人の会」を結成し1995年から2000年まで深夜ラジオのパーソナリティーで人気を博しました。
解散後は小説を執筆しながら「歌う道化師」として全国を回っています。
「あん」は2013年に出版した小説で、2015年に映画化されました。
潰れはしないが賑わいもしないどら焼き屋「どら春」で、雇われ店長をしている千太郎。
物書きの夢破れ、過ちを犯して数年刑務所に入っていた彼は、今日も無気力に鉄板に向かいます。
そこに、時給200円で良いからアルバイトをしたいと現れた76歳の徳江。
はじめは追い返したものの、彼女が作った餡を食べた千太郎は「餡だけ作るなら」という条件で受け入れます。
餡がとても美味しくなったこと、接客もするようになった徳江の人柄によって、店は繁盛。しかし、徳江のある噂話が広まり、客足が遠のいてしまいます。
徳江はハンセン病患者で、今も療養所に住んでいると。
千太郎は関心も知識もなかったハンセン病について調べ始めるのでした。
●徳江さんの告白
“「あの時給で……車を。すいません」
「いいの。楽しいことばかりだったし」”
これは、店の奥さんから徳江さんを辞めさせるように言われ、悩んでいるとき彼女の方から辞めたいと言ってきたときの話しです。
元ハンセン病患者だったこと、世間と隔離された療養所から「どら春」に通っていたことを告白する徳江さん。
療養所から遠いのに、バスも出ていない時間からタクシーで通っていたことを知り、千太郎と徳江さんは引用文の会話をはじめます。
14歳でハンセン病患者になりずっと療養所に隔離されていた徳江さんは、働いたことがなかった。なので、たとえ時給200円でも、どんなに仕事場が遠くても、外で働ける喜びの方が大きかったのですね。
ここを読むと、始終嬉しそうに働いていた彼女の姿を思い出して胸が詰まります。
●千太郎の涙
“「おいしいどら焼き、いかがですか」
泣くまいとがんばるので、声が震えた。”
これは、千太郎が店での日々や徳江さんの姿、ゴムベラの感触や小豆の匂いを思い出す場面の引用文です。
徳江さんが店を去ったあとも、千太郎は彼女と手紙で繋がり、餡のことや人生を学びます。
客足が戻らず、つぶれる寸前の店を千太郎は必死で守りました。
でも、叶わず「どら春」はお好み焼き店に。
彼女の餡作りの技術を残せなかったと泣く千太郎の姿に、かつての無気力な青年の面影はありませんでした。
徳江さんとの出会いで、彼は良い方向へ変わったのだと実感できて、切なくも嬉しいシーンでした。
2.まとめ
丁寧に丁寧に時間をかけて餡を作っている描写を読むと、とてつもなく、どら焼きが食べたくなります(笑)
あまり馴染みのないハンセン病についても知れますし、根強い偏見や誤解、差別についても考えさせられる本です。
徳江さんがなぜ、あんな美味しい餡を作れたのかは読んでからのお楽しみ。