こちらは、2017年公開の映画「モリのいる場所」の小説版です。
画家である熊谷守一(通称モリ)の晩年を描いた作品で、多少の脚色はあるものの、読むと彼の魅力に引き込まれること間違いなし。
映画を観ていても、観ていなくても楽しめる一冊です。
1.「モリのいる場所」について
著者は脚本家の小林雄次。
主にアニメや子供番組の脚本を手掛けるなか、映画のノベライズ本でも活動しています。
「モリのいる場所」小説版では、章ごとに語り部が異なる形式です。
ひとりの語った言葉が次の話しの伏線になっていたり、解決編になっていたり、ほんのちょっぴりミステリー感も味わえる作品になっています。
画家の熊谷守一(モリ)は、30年間家の外から出ない生活を送っていました。
毎日毎日、家の庭で虫を眺め、緑に目を細め、昨日までなかった石に驚くモリ。
そんなモリを温かく…というか、当たり前のように見守るのは、妻の秀子。
人が多いことを嫌うモリですが、なぜか毎日誰かしらが家にいて賑やかです。
家事を手伝うモリの姪、取材をしにくるカメラマンとアシスタント、お隣さん、画商の男、知らない男(!)などなど。
彼らの語りを通して、仙人と呼ばれた画家モリの人となりが見えてきます。
今日もモリは、庭へ出かけていきました。
●語り部・工事現場監督の岩谷
“「……へたでいい」
「それは喜んでいいものやら」
「上手は、先が見えちまいますから」
そして、最後にこうおっしゃった。
「へたも絵のうちです」”
これは、本来なら仲良くしてはいけない立場の男が、モリに息子が描いた絵を見せたときの会話です。
最初から上手ではつまらない、へただから頑張るし上手になると、モリは言います。
現場監督の男は、その絵を上手だと言われたら絵の道に進ませようと、ダメなら別の道にと思っていました。
けれどモリの言葉はどちらでもない。こんなことがサラッと言えるモリだからこそ、人は魅了されるのだなと思ったエピソードです。
●文化勲章とカレーうどん
“「袴履きたくないし」”
モリの姪が昼食にうどんを茹でていたところ、近所の奥さんから作り過ぎたというカレーをいただき、急遽カレーうどんに変更された熊谷家。
カレーうどんを食べるのに手こずっているモリに、文化勲章授与の連絡が入ります。
しかし、あっさり引用文を理由に拒否。
モリにとって地位や名誉はどうでも良くて、カレーうどんに集中しているのが可笑しかったです。
結局最後は食べにくいと拗ねてしまいます(笑)
●最後の語り部
“私を愛し、私を守り続けてくれたモリには、心から感謝しなければなるまい”
実は語り部は、人間だけではありません。庭のアリが語り部になる章も存在します。
「だ」「である」口調のアリは想像しただけで笑えます。
そして、最終章の語り部も人ではありません。
私は最初、タイトルを読まず文章だけ読みすすめたのですが、途中で語り部の正体に気付き涙がこぼれました。
引用文は、語り部の気持ちです。語り部が誰なのか、ぜひ読んで確認してみてくださいね。
2.まとめ
モリは97歳という大往生でこの世を去りました。
好きなことを飽きもせずやり続けたからか、強い生命力があったのかは分かりません。
「仙人だ」「天狗だ」と世間から言われていますが、実際は頑固でお茶目で、情ある人だと思います。
心が温かくなり、ときに笑い、ときに泣ける本です。